「最長の曲」は何か?

 

三城俊一

 

 

 

 クラシック音楽が好きだというと、さも高尚な趣味を持っているかのように受け止められることが多い。実際のところ、クラシック好きがジャズやロックやポップスや演歌の愛好者より偉いとか知的だという根拠は全くないのであるが、クラシックに対して敷居の高さを感じている人は多いらしい。

 

 もっとも最近は「のだめカンタービレ」のヒットなどで、「堅い」「難解」「退屈」といったイメージはだいぶ払拭された模様だ。長く残ってきたものは今聴いても美しいのだ、という認識が浸透しているのはうれしい限りである。だが、それでも問題は残っている。クラシックを敬遠する人に理由をきくと、実に多くの場合「一曲が長い」という返答が返ってくるのである。確かにクラシックの楽曲は長いものが多い。歌謡曲のシングルCDはせいぜい数分なのに、何十分、時には一時間以上もかかる曲もある。例えばマーラーやブルックナーの交響曲は八〇分くらいあるし、オペラを鑑賞すると一晩潰れる。

 

 そこで、ある時ふと疑問を覚えた。一つの曲は一体どれだけ長くなるのだろう? 少し調べてみた。「クラシック」の範囲を飛び越えた曲もあるが、ご容赦願いたい。

 

 

 

 ここで、イメージが容易になるようベートーヴェン(一七七〇~一八二七)の「交響曲第五番ハ短調」、通称《運命》を基準にしよう。全四楽章合わせると、手元のCDでは約三六分だった。以下に挙げた曲を演奏する時間(時間はどれも概数である)で、《運命》が何回聴けるかを付記しておくので、どれだけ長いのかを実感していただきたい。

 

 

 

一.ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 

 

交響曲第九番ニ短調《合唱付き》 

 

七四分 …《運命》二回分(小数点以下は四捨五入)

 

 言わずと知れた名曲中の名曲だが、作曲された当時は極めて革新的な音楽だった。まず、それまで器楽だけだった交響曲に声楽を導入したこと。そして、交響曲の枠を超えたその長さである。当時交響曲の長さといえば三〇~四〇分程度であり、その倍にも達する規模は聴衆の度肝を抜いたに違いない。初演は一八二四年のことである。

 

 

 

二.グスタフ・マーラー 交響曲第三番ニ短調 

 

一時間四〇分 …《運命》三回分

 

 「第九」は後進の作曲家に大きな影響を与えたが、「第九」を上回る規模の交響曲が書かれるには、ブルックナーやマーラー(一八六〇~一九一一)らの登場を待たなければならない。特にマーラーは交響曲第二番《復活》を始め、声楽を伴う巨大編成や長大な演奏時間を特徴とする交響曲を多数残した。一八九六年に完成された交響曲第三番はその中でも最も演奏時間が長く、全六楽章、一〇〇分に及ぶ。一般に知られている作曲家の中ではおそらく最も長い交響曲であろう。

 

マーラー辺りを境に、規模や形式などの点で既成の枠を大きく踏み越えた作品は珍しくなくなってくる。

 

 

 

三.ハヴァーガル・ブライアン 

 

交響曲第一番ニ短調《ゴシック》 

 

一時間五〇分 …《運命》三回分

 

 ブライアン(一八七六~一九七二)はイギリスの作曲家で、三二曲もの交響曲を書いた。長い間無視されてきたが、晩年になってようやく評価されるようになった。一九一九年から一九二七年にかけて作曲されたこの作品は、オーケストラ、ソリスト、合唱団を合わせて八〇〇人を要する凄まじい編成と長大な演奏時間が特徴である。巨大編成といえばマーラーの「千人の交響曲」が有名だが、実際には五〇〇人程度で演奏できる。現実に演奏可能な範囲としては最も「巨大な」交響曲といっていいだろう。

 

 

 

四. ヨハン・セバスティアン・バッハ マタイ受難曲 

 

三時間 …《運命》五回分

 

 さて、これまでの議論は交響曲に限っての話だったが、宗教曲やオペラ(歌劇)の場合ならば、もっと長い曲は古くから存在する。バッハ(一六八五~一七五〇)畢生の大作「マタイ受難曲」はキリストの受難を題材とし、全六八曲からなる。オーケストラ、ソリスト、合唱を伴う壮大かつ精密な作品であり、しばしば西洋音楽の最高傑作とも評される。

 

 

 

五.ジョアキーノ・ロッシーニ 歌劇「ウィリアム・テル」

 

   四時間 …《運命》七回分

 

 オペラの場合上演に二~三時間かかるのが普通だ。例えば、名高いビゼーの「カルメン」は二時間四〇分くらいである。ロッシーニ(一七九二~一八六八)最後の大作である「ウィリアム・テル」は序曲がきわめて有名だが、規模の面でも群を抜いていた。長いうえにテノールパートに技術的に困難な部分があることなどもあり、現在でもかなりの部分をカットして上演されることが多いそうだ。一八二九年初演。

 

 

 

六.カイホスルー・シャプルジ・ソラブジ 

 

交響曲第三番 《ジャーミー》

 

     オプス・クラヴィチェンバリスティクム

 

   共に四時間五〇分 …《運命》八回分

 

 ソラブジ(一八九二~一九八八)はイギリス生まれの作曲家。その作品はとにかく長大で、四,五時間かかるのも珍しくない。彼が完成させた交響曲のうち、四時間四〇分かかる第三番(全四楽章)はその中でも最長を誇るが、演奏が色々な意味であまりにも困難であるためいまだ初演はなされていない。彼の作品のうち最も有名と思われるピアノ独奏曲「オプス・クラヴィチェンバリスティクム」は、長いうえに超絶技巧を要求される過酷な曲であるが、最近では挑戦するピアニストも増加しつつあるという。今のところ、筆者が通して聴くことのできた最も長い曲である。現代的なサウンドではあるが、不快ではなく聴きやすい方だと思われる。

 

 

 

七.モートン・フェルドマン 弦楽四重奏曲第二番

 

   五時間三〇分 …《運命》九回分

 

 アメリカに生まれたフェルドマン(一九二六~一九八七)は図形楽譜の考案などで名高い現代音楽作曲家である。生涯にわたって実験的な試みを続け作風も変化したが、一九八〇年ごろから演奏時間が長時間にわたる作品を書き始めた。弦楽四重奏曲第二番はそうした作品群の中で最も長いもので、おそらく本作品が最長の室内楽であると思われる。彼の作品の特徴は起伏に乏しく、全曲にわたって静かな音ばかりであるということだ。作業を行う際のBGMとして最適である。

 

 

 

八.ディミトリエ・ククリン 交響曲第一二番

 

    六時間 …《運命》一〇回分

 

 「最長の曲」の情報を求めているうち、ルーマニアの作曲家ククリン(一八八五~一九七八)の名に行き当たった。彼の書いた交響曲第一二番は演奏時間およそ六時間に及び、ソラブジのものを上回る。非常に耳寄りな情報ではあるが、それ以上の情報がなかなか集まらない。分かったのは、ククリンは二〇もの交響曲や六つのオペラを残したほか、音楽学者、哲学者、作家、翻訳家としても活躍した―――といった程度。また肝心のこの作品についても、一九五一年の作品で合唱を伴うらしいこと以外ほとんど分からない。この作曲家について詳しいことをご存知の方はぜひご一報願いたい。

 

 

 

九.カイホスルー・ソラブジ 交響変奏曲

 

   九時間 …《運命》一五回分

 

 「最長の曲」を調べているうちにすっかりおなじみの名前になったソラブジ。彼の交響曲第二番は五時間二〇分と前述の第三番を上回るスケールだが、残念ながらオーケストレーションは未完でピアノ版の楽譜しかない。この交響変奏曲も、管弦楽曲として構想されたが、同じくピアノ・ソロの楽譜だけが残っている。けた外れに長い彼の作品群の中でも、演奏時間約九時間を誇るこの曲が最長である。死後もなお一部でカルト的な人気を誇るソラブジ。彼の名と作品は長い音楽史の中でもひときわ異彩を放っている。

 

 

 

一〇.リチャード・ロジャース 交響曲《海の勝利》

 

   一三時間 …《運命》二二回分

 

 ロジャース(一九〇二~一九七九)の名は知らなくとも、ミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」や「王様と私」の名を知っている方は多いだろう。彼はミュージカルや映画音楽などの分野で活躍したアメリカの作曲家である。《海の勝利》はNBCが放送した第二次世界大戦のドキュメンタリー番組(全二六回)で、ロジャースはそのための音楽を後にまとめて「交響曲」と名付けた。故に本作は交響曲と名前はついているが、実質はテレビ番組のBGMであり、純粋音楽としての交響曲とは趣が違う。が、作曲者が「交響曲」と呼ぶものの中では一番長いので、一応ここに挙げておこうと思う。

 

 

 

一一.リヒャルト・ワーグナー 楽劇「ニーベルングの指輪」

 

   一五時間 …《運命》二五回分

 

 ドイツ・ロマン派最大のオペラ作曲家ワーグナー(一八一三~一八八三)のライフワークとして名高いのが「ニーベルングの指輪」である。序夜「ラインの黄金」、第一日「ワルキューレ」、第二日「ジークフリート」、第三日「神々の黄昏」の四部からなり、四日間かけて演奏される。壮大な神話の世界の物語で、合計演奏時間は実に一五時間。ワーグナーはその完成までに二六年もの歳月を費やし、この作品を上演するためにバイロイト祝祭劇場を建て、バイロイト音楽祭を創始した。音楽・美術・文学の融合した芸術の一種の極致といっていいかもしれない。定期的に演奏される曲の中ではこの曲が最長とみなして差支えないだろう。

 

 

 

一二.エリック・サティ ヴェクサシオン

 

   一八時間 …《運命》三〇回分

 

 フランスの作曲家サティ(一八六六~一九二五)は実に風変りで奇妙な作曲家だった。「官僚的なソナチネ」「犬のためのぶよぶよした前奏曲」などの作品名からもうすうす察することができよう。前衛的手法を取り入れ、時にユーモアや皮肉の利いた作品は、生前ついに理解されることはなかった。サティの死後発見されたこのピアノ作品には、眠気を誘う調性感のない短い音楽を八四〇回繰り返すという指示がついている。数人のピアニストが交代で弾く手法によってたまに演奏され、テレビ番組で紹介されたこともあるのでご存知の方も多いであろう。ちなみにタイトルの意味は「嫌がらせ」である。

 

 

 

一三.広島合唱団 「ねがい」(合作)

 

   二二時間 …《運命》三七回分

 

 「ねがい」とは、二〇〇二年、平和への願いを歌う広島合唱団と広島市の中学生との交流から生まれた歌曲である。最初は四番までだったが、世界中から続きの歌詞が集められ、今に至るまで増え続けている。二〇一〇年一〇月末現在で一九四四番まである。(公式HPによる)二〇〇七年、「世界一長い歌」としてテレビ番組の企画で取り上げられ、歌手の錦野旦さんが一〇二三番まで(当時の全曲)を一一時間三九分かけて歌っている。同様のペースで現在の全曲を歌ったとすると演奏時間は二二時間強。最も長い歌曲の座は揺るぎないと思われる。そして、戦争の惨禍が続く限り今後も長くなっていくだろう。

 

 

 

一四.カールハインツ・シュトックハウゼン 歌劇「光」

 

   二八時間 …《運命》四七回分

 

 ドイツ出身のシュトックハウゼン(一九二八~二〇〇七)は現代音楽の代表的な作曲家。四台のヘリコプターに弦楽器奏者を一人ずつ乗せて“演奏”する「ヘリコプター弦楽四重奏曲」は「現代音楽の変な曲」の代表選手としてかなり有名であるが、この曲がオペラ「光」の中の一曲であることはあまり知られていない。「光」は「月曜日」「火曜日」…「日曜日」と名付けられた七つのオペラからなる大作で、最後の「日曜日」は三日に分けるのが望ましいとの指示があるため、上演には九日かかることになる。歌劇では「指輪」を抑え堂々の演奏時間トップであるが、莫大な予算がかかるため全曲演奏例はまだない。

 

 

 

一五.ラ・モンテ・ヤング 一二日間のブルース

 

   一二日 …《運命》四八〇回分

 

 ヤング(一九三五~)はアメリカの現代音楽作曲家。実験的・前衛的手法を多く取り入れた作風で有名であり、長大な作品も多い。ミニマル・ミュージック(同じ音をひたすら繰り返す現代音楽の一派)においては重要な作曲家の一人である。ドローン(変化のない同一の長い音)がよくつかわれているのが特徴である。代表作「よく調律されたピアノ」では演奏時間六時間を超える。テープの際限ない繰り返しによる電子音楽「一二日間のブルース」はその名の通り一二時間かけて演奏される。

 

 既に演奏や鑑賞がきわめて困難な状況に達しているが、次の作品から演奏時間はついに「年」単位に突入する。

 

 

 

一六.小杉武久 革命のための音楽

 

   五年 …《運命》七三〇〇〇回分

 

 現代音楽では既成の「音楽」の概念を打ち壊すような作品も数多く書かれた。代表的な例が前衛芸術家のグループ「フルクサス」(前述のヤングや後述するジョン・ケージらの他、武満徹やオノ・ヨーコらもいる。)の音楽家たちであろう。例えば、メンバーの一人ジョージ・ブレクトの作品「フルート・ソロ」は、「フルートを分解し、組み立てる」というだけの“曲”。ナム・ジュン・パイクの「危険な音楽第三番」は「生きた雌の鯨の膣に入る」という“曲”である。もはや「音楽」と呼べるか怪しいものだ。小杉武久(一九三八~)の「革命のための音楽」もそうした中の一つだ。“曲”の内容は「まず片目を抉りだし、五年後にもう片方の目も同じようにする」というものである。

 

 なお、小杉氏は現代の音響技術を駆使し、前衛的ながらも芸術としてちゃんと鑑賞できる曲も書いている、と付け加えておく。

 

 

 

一七.アルネ・ノールヘイム Poly-Poly

 

     一〇二年 …《運命》一四八九二〇〇回分

 

 ノールヘイム(一九三一~二〇一〇)は惜しくも今年六月に逝去したノルウェーの作曲家である。管弦楽や声楽でも傑作を残した他、電子音楽でも多くの作品を制作している。Poly-Polyもそうしたテープのための作品の一つで、いくつかのテープの組み合わせによる。テープにはただの電子音、日常生活の音、はっきりと音楽的な音などが含まれ、およそ一〇二年間の間、一度たりとも同じ音が聞こえることはないそうだ。この曲は、“Lux et tenebrae”(「光と影」の意)というタイトルで改作され、一九七〇年の大阪万博スカンジナビア館のテーマ曲として使用された。

 

 

 

一八.カールハインツ・シュトックハウゼン 三三六年

 

  三三六年 …《運命》四九〇五六〇〇回分

 

 シュトックハウゼンは二度目の登場となるが、この作品は冗談半分で作曲されたようで作品番号は付いていないという。音楽の速度記号の一つに“四分音符=六〇”といったものがあり、「一分間に四分音符六〇個のテンポで」という意味である。数字が小さくなるほどゆっくりになるが、この曲は付点二分音符の「G」の音が四分音符=〇〇〇〇〇〇〇〇一六九八という超絶スローテンポで演奏される。演奏時間はその名の通り三三六年に及ぶ。

 

 

 

一九.ジョン・ケージ オルガン/ASLSP

 

  六三九年 …《運命》九三二九四〇〇回分

 

 ジョン・ケージ(一九一二~一九九二)はアメリカの作曲家。生涯にわたって音楽の定義を広げるための実験を繰り返した。演奏家が一切音を出さない「四分三三秒」はあまりにも有名である。これは人間が耳を澄ました時、自然に聞こえる音を音楽として取り入れたものだ。

 

 この曲は一九八五年に二〇分ほどのピアノ曲として発表され、後にオルガン用に編曲されたものである。ASLSPとは、“As SLow aS Possible”の略であり、「可能な限り遅く」ということだ。ケージの死後、音楽家らが彼の意思を実現するための演奏プロジェクトを立ち上げ、演奏時間六三九年という演奏計画を立てた。二〇〇一年九月五日よりドイツの教会で演奏が開始され、二六四〇年九月五日の終演に向け現在も続いている。

 

ちなみに、ケージは前述の「ヴェクサシオン」の初演者でもある。

 

 

 

二〇.ジェム・ファイナー ロングプレイヤー

 

  一〇〇〇年 …《運命》一四六〇〇〇〇〇回分

 

 「長い曲」の紹介もついに最後だ。ジェム・ファイナー(一九五五~)はイギリスのロックバンド、ザ・ポーグスのメンバーで、「ニューヨークの夢」などの作品で知られる。彼の手がけるプロジェクト「ロングプレイヤー」は二〇〇〇年一月一日から始まり、二九九九年一二月三一日まで続き、また繰り返される予定だ。この曲はいわゆる電子音楽で、六つの音色を六つのターンテーブルで繰り返すことで演奏される。ターンテーブルの回転速度はそれぞれ異なっており、すべての組み合わせが一巡するのに一〇〇〇年かかるというわけだ。演奏の模様はインターネットでいつでも聴くことができる。

 

 

 

 

 

 音楽作品には、言うまでもなく作曲家の表現したいことが詰め込まれている。そして、表現したいことがあまりに巨大で複雑だった時、しばしば常識を超えるような長さの曲として表れることがある。また、現代の音楽家が既成の枠を打ち破ろうとする時、演奏時間の長大化を伴うことはままあることだ。

 

長大な曲をこうして並べると、音楽という表現手段の可能性を広げるために、多くの芸術家たちが格闘してきた様を想像することができる。一つの曲は、実に一〇〇〇年もの長さになりうる―――柔軟で奥が深い、音楽という芸術分野の不思議な特質をうかがわせる事実ではないだろうか。