悼む者の調べ

 

三城俊一

 

 

 

 

 

 大切な人を喪う―――人生における、最大の苦しみの一つである。仏教では、人生の苦しみ「八苦」の一つとして「愛別離苦」が挙げられている。愛する者と別れなければならないという苦しみは、いかに文明が発達しようと変わることはない。ましてや、それが永遠の別れであるなら尚更である。

 

 それだけに、「親しい人の死を悼む」ことは、古来よりあらゆる芸術・文学のテーマとなってきた。愛する人を喪う苦しみが普遍的なものであるからこそ、そうした作品は多くの人の共感を得、個人的な感情は普遍的な芸術へと昇華していったのであろう。

 

 本稿では、芸術のジャンルをクラシック音楽に絞り、「追悼」をテーマにした作品をいくつか紹介していきたい。もしあなたがたとえようもない悲しみに沈んだら、これらの曲を聴いていただきたいと思う。偉大な芸術は傷ついた心を癒してくれるだろう。そして、自分と同じように悲嘆にくれながら、その感情を偉大な芸術に昇華させた先人がいたのだという実感が、あなたに再び歩き出す勇気を与えてくれることだろう。

 

 

 

 最初に紹介したいのが、ヨハネス・ブラームス1833~1897)作曲の、「ドイツ・レクイエム」である。1857年に作曲が始められたこの作品の背景には、前年に師のロベルト・シューマンが精神病院で世を去ったことがあるといわれている。作曲は一時中断されるも、1865年の母の死をきっかけに作曲の筆が再開され、1868年に完成を見た。大規模な管弦楽と合唱、二人のソリストを要する大作である。

 

 「レクイエム」とは通常カトリックの教会で行われる死者のためのミサ曲を指し、歌詞もラテン語で書かれているが、この作品の場合は様相が異なる。近代ドイツ人のブラームスはプロテスタントであり、歌詞はブラームスがドイツ語訳聖書から自由に編集したものである。また、完全に演奏会用として作曲されるなど、一般の「レクイエム」とは一線を画した作品なのである。

 

 曲は全7曲よりなり、ブラームスらしい荘厳な雰囲気にあふれている。全体は第4曲を中心に線対象を描くような構成を取っており、緊密な構築美を感じさせる。マタイによる福音書からの一節「悲しんでいる人々は幸いである、その人びとは慰められるのだから」という歌いだしで始まる、癒しと慰めに満ちた第1曲が印象的である。

 

 

 

続いて、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト17561791)のピアノソナタ第8番イ短調K.310を紹介したい。明るく軽快な作品の多い彼の作品の中でも珍しい短調の曲である。全18曲ある彼のピアノソナタのうち、短調なのはこの曲を含め二つだけだ。悲劇的な曲調の背景には、1778年の母アンナの死があると言われている。モーツァルトらしい透き通った清らかな印象を残しつつも、第1楽章、第3楽章の速いテンポの中には率直な悲しみが表れている。また、アンダンテ・カンタービレの第2楽章は優しい慰めに満ちあふれている。

 

 

 

アントニン・ドヴォルザーク18411904)の作品といえば、弦楽四重奏曲「アメリカ」などのようにのどかで田園的なイメージが強いが、ピアノ三重奏曲第3番ヘ短調は彼の作品としては珍しく、激しく生々しい感情に充ち溢れている。やはり最愛の母が歿した際の深い落胆の中で書かれ、胸を突き破るようなやり場のない激しい悲しみが表現されている。また、彼の室内楽作品の中でも緊密で計算された構成を取っていることでも知られ、聴く者の心をとらえて離さないような緊迫感にあふれている。ドヴォルザーク42歳の時の、円熟味にあふれた作品である。

 

 

 

深い悲しみを表現した作品として、アントン・ブルックナー18241896)の交響曲第7番ホ長調より第2楽章を外すことはできまい。ブルックナーの作品の中でも、交響曲第7番は親しみやすい旋律が多く、最も人気のある作品である。特に悲しみに満ちた第2楽章は、その作曲時の逸話とも相まって有名である。

 

嬰ハ短調のこの楽章が書かれている時、ブルックナーが最も敬愛してきたリヒャルト・ワーグナーが危篤状態に陥っており、ワーグナーの死の予感のもと書きすすめられた。1883213日にワーグナーが死去すると、ブルックナーはその悲しみの中でコーダを書き加えた。ワーグナーがオーケストラに取り入れた楽器、ワーグナーチューバによって奏でられるこの「葬送音楽」は、古今のこの種の音楽の中では第一級のものといえるだろう。

 

 

 

ガブリエル・フォーレ18451924)の代表作「レクイエム」は、モーツァルト、ヴェルディのものと並び「三大レクイエム」の一つとして称されている。ただし、他のレクイエムに見られるような陰鬱さや劇的な要素は皆無であり、悲しみに沈む者を優しく慰める雰囲気に満ちている。形式上も、「怒りの日」を欠くなど通常のレクイエムとは異なった、宗教性の薄い異色のレクイエムなのである。

 

この作品が作曲されたきっかけとして、1885年の父の死がしばしば言及される。作曲者は肉親の死と作曲動機との関係を否定する記述を残しているが、肉親の死が作品に与えた影響は少なくはないであろう。全体に澄み切った清らかな曲想であり、悲しみの浄化を主眼に置いているものと推察される。特に、終曲の天国的ともいえるような清らかさは印象的だ。

 

 

 

最後に、マイナーな作品であるが、フランツ・シュミット18741939)の交響曲第4番ハ長調を紹介したい。シュミットは近代オーストリアの作曲家で、ブラームスのようなドイツ・ロマン派の流れをくんだ保守的な作風で知られている。4つの交響曲の他、オラトリオ「7つの封印の書」などが代表作としてあげられる。

 

1932年、シュミットの一人娘エンマが初めての出産で命を落としてしまう。彼にとってその衝撃は大変なもので、もともと良くなかった健康状態まで悪化してしまった。シュミットの代表作、交響曲第4番はこうした時期に書かれた。エンマへの追悼の意が込められ、全編に胸の張り裂けるような悲しみに充ち溢れている。

 

曲は50分程度、単一楽章であるが4つの部分に分けられる。調性感のおぼろな主題で始まる第1部、優しい慰めと悲痛な葬送行進曲が交錯する第2部、そしてスケルツォ風の主題が壮大なフーガを形成する第3部。第4部で第1部の主題を回想して終わるコーダは印象的だ。

 

 

 

わずか6つの曲を簡単に紹介したが、如何だっただろうか。「親しい者の死を悼む曲」という普遍性のあるテーマゆえ、クラシックだけでも実に多くの作品が当てはまることだろう。「なぜこの作品を選ばないのか」というおしかりを受けてしまうかもしれない。

 

私が今回曲を取り上げた際の基準は、「現代に生きる我々が聴いても、深い共感を呼び起こせる」と、私が自信を持って言える作品、ということである。それゆえ、いささか主観的に過ぎる選び方になってしまったかもしれない。しかし、あなたがたとえようもない喪失感に打ちひしがれている時、必ずこれらの曲があなたの琴線に触れるであろうということを、私は確信している。時代と国を超えた共感を呼び起こすからこそ、これらの偉大な芸術は今でも命を失っていないのである。

 

 

 

 

 

悲しんでいる人々は幸いである、その人びとは慰められるのだから。

 

―――「マタイによる福音書」